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福島地方裁判所 昭和33年(わ)72号 判決

被告人 中村重夫

昭一二・五・一三生 自動車運転助手

主文

被告人を懲役三年に処する。

本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は中学校を卒業後府中競馬場に馬丁として働くうち、昭和三十三年七月十九日から開催される福島競馬に出場する所属厩舎の競馬を伴つて同月九日福島市に到着し、同市桜木町一六一番地福島競馬場内厩舎十五号に入舎して稼働中、

第一、同月十日午前二時過飲酒のうえ同市××町××番地飲食店「てんぐ」ことA(三十八年)方に赴き、すでに床に就いていた同女を起したうえ、同所で同女の相手で再び飲酒するうち、情慾をもよおし、同女に対し厩舎まで送つてくるよう申し向け、左手で同女の左手を掴み、右手で同女の腰部を抱くようにして同女を同市松浪町二八番地競馬場自動車駐車場に連れ込み、同女を強いて姦淫しようと決意し、同日午前三時過同所において、同女を抱きかかえるようにして仰向けに押し倒してその腹部に乗りかかつてその反抗を抑圧したうえ、同女の着用していたズロースを剥ぎ取つて強いて同女を姦淫したが、その際同女に対し、全治まで約三日間を要する外陰部擦過傷を負わせ、

第二、同日午前四時頃同女を右同所附近からその手を掴んで同市桜木町百六十一番地福島競馬場第二級スタンド階下物置小屋の中へ連行し、同所で再び同女を姦淫しようと決意してその場に同女を仰向けに押し倒してその反抗を抑圧したうえその腹部に乗りかかつて強いて同女を姦淫し、

第三、同月十二日午後十一時頃飲酒のうえ同市××町××番地飲食店「富惠」ことB方(四十八年)に赴き同所で飲酒した後翌十三日午前一時近く一旦同所を辞し、同所附近の石碑に寄りかかつて暫時寝込んだが、寒さを覚えて目を覚し同日午前二時過、再び前記B方に赴き、すでに床に就いていた同女を起し暫時休ませて貰いたい旨申し向けて店の奥三畳間の座敷に上り込むや、情慾をもよおして同女を姦淫しようと決意し、同女に対し「やらせろ」と申し向けながら、同女をその場に仰向けに押し倒し、同女が着用していた着物を脱がせたうえ、同女の腹部に乗りかかつてその抵抗を抑圧し、強いて姦淫しようとしたが、折から客が同店に来合わせたため、同所から逃走して右姦淫の目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(強姦の犯意の認定)

被告人が判示第一ないし第三事実にわたつて、被害者A、Bに対し、いずれもその反抗を抑圧する程度の暴行を加えて姦淫または姦淫しようとしたことは前記各証拠により、前示のとおり認定するところであつて、この点に関し、被告人が被害者に対し、その抵抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を加えたことはない、との弁護人の主張を採用することができないことは多言を要しないところである。

弁護人はさらに、被告人は判示第一ないし第三の事実を通じて被害者の暗黙の承諾があつたものと誤信したのであり、従つて被害者の抵抗を抑圧してまで姦淫するという認識はなかつたと主張するので、この点について言及するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員に対する昭和三十三年七月十五日附、同月十九日附、同月二十六日附各供述調書、被告人の検察官に対する昭和三十三年七月三十日附供述調書(第六回公判廷において取調べたもの)、によれば、被告人は被害者A、同Bがいずれもその姦淫行為に際し、明示もしくは黙示の承諾を与えたかの如く供述している。この点に関する供述部分は、右被害者両名の承諾があつたことを立証する証拠としては前顕各被害者の供述と対比すれば、到底信用することはできない。しかし、右供述部分が被告人が承諾がないにもかかわらずあつたものの如く誤信した、という事実を証明するに足りるかどうかについて考えるに、一般的に姦淫行為において行為者が相手の同意がないのにあつたものの如く錯覚したか否かを判断するためには、行為者と相手方とがすでに情交関係を持つたことがあるか。情交を結ぶに至らなくとも互いに情愛に結ばれまたはこれに類似する親密な関係にあり、もしくはあつたか。右のような関係になくとも、相手が行為者に対し、とくに行為者の慾望を刺戟し、またはこれを受容するような挑発的ないし誘惑的行為にでたか、またはそのような行為を明らかに許容したかという点が明らかにされると同時に、他方これに行為者の当時の精神状態が妄想観念に捉われるというような異状な状態にあつたか否かを綜合して判断しなければならないところ、これを本件について検討するに、前記各証拠と後記寺山晃一作成の鑑定書によれば、以上のいずれの点についても被害者の承諾があつたと錯覚したものと判断される特別の事情は認められない。

従つて右各供述部分は被告人が承諾があつたものの如く誤信したこと、換言するならば、被告人に違法事実の認識がなかつたことを認めさせるには至らず、この点に関する弁護人の主張もまた採用のかぎりでない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為中第一の強姦致傷の点は刑法第百八十一条、第百七十七条前段、第二の強姦の点は同法第百七十七条前段、第三の強姦未遂の点は同法第百七十七条前段、第百七十九条に各該当するところ、第一の強姦致傷の点につき所定刑中有期懲役刑を選択し、以上の各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文第十条により最も重い右強姦致傷の罪の刑につき同法第十四条の制限に従つて法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、被告人は日頃は時により深酒して父母と口論することがあるほか、さしたる性格の欠陥もなく比較的仕事熱心で、犯行後は禁酒を決意して再びこの種犯罪に陥ることなきを誓い、また被害者らはいずれも示談に応じて被告人の処罰を求めない旨の意思を表明していること等を合わせ考え、その情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条第一項によりこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、なお被告人をして右禁酒および更生の決意を保護育成して善行を保持させるため、同法第二十五条ノ二により、右猶予の期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることにする。

(弁護人の心神喪失ないし心神耗弱の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は判示第一ないし第三の各犯行当時、飲酒酩酊のため、心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつた旨主張するので、以下この点について検討する。

(1)  判示第一、第二の各犯行当時

被告人が飲酒のうえ酩酊していたことは充分認めることができる。そして被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は判示第一の犯行後第二の犯行前にA、その夫Cとともに第一犯行現場附近にある大成建設飯場で吉田利男と逢つた際の事実についての記憶を喪失しているし、また第二の犯行に関する記憶が薄れていることをうかがうことができる。しかし、証人A、同C、同吉田利男の当公判廷における各供述を綜合すると、昭和三十三年七月十日午前二時過から午前四時過までの被告人には、意味の理解不能な言語とか、歩行のよろめきとか、無目的で了解不能な行動とかは見られず、その言葉は充分理解でき、歩行は普通であり、かつ行動はなるべく人目につかない場所においてAを姦淫しようという目的に導かれていたことを認めることができる。この事実と鑑定人寺山晃一が右のような状態にあつた被告人の酩酊度を普通第二度と推定したうえ、被告人は是非善悪の弁別能力を著しく減退させていたものではないと判断していること(同鑑定人の鑑定書)を綜合すれば、被告人は心神喪失は勿論心神耗弱の域にも達していなかつたものと認められる。

(2)  判示第三の犯行当時

被告人の検察官ならびに司法警察員に対する各供述調書および当公判廷における供述によれば、被告人は第三の犯行前後の事実について比較的詳細に記憶しているうえ、昭和三十三年七月十三日午前一時頃一旦「富恵」から出て約一時間の間同所附近にある石碑に寄りかかつて仮睡をとり、寒さを覚えて再び「富恵」に赴いたことを認めることができ、この事実からすれば再度「富恵」に赴いた際には寒さを覚えるほど酔いから覚醒していたものということができ、このことは証人Bが当公判廷において、被告人が最初来たときより二回目に来たときの方が酔つていなかつた旨の供述をしているのと符合するのである。以上の事実と鑑定人寺山晃一が右のような状態にあつた被告人の酩酊度を普通第一度と推定したうえ、被告人は当時是非善悪の弁別能力を著しく減退させていたものでないと判断していること(前記鑑定書)を綜合すれば、被告人は心神喪失は勿論心神耗弱の域にも達していなかつたものと認められる。

以上の次第であるから弁護人の前記主張は採用のかぎりでない。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野保之 松浦豊久 逢坂修造)

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